今、変わるべきでしょ!可藁津今茂の経営日記
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信頼は、抜けるときに試される
ある日、父と電話で話していたときのこと。
「こないだな、経営者仲間がグループ抜けとったんや」
父が所属する経営者団体の小さなグループ。
何年も一緒に活動していたというメンバーが、ある日突然、
何の連絡もなくグループを離れたという。
「何かトラブルあったん?」
と私が聞くと、父はしばらく黙ってから、こう答えた。
「仕事が忙しなった言うてたけどな・・
でも、ひと言もなく抜けるってのは、ちょっとなあ。
せめて『ちょっと抜けますわ』くらい言うてもろたらええのに」
私はその言葉に、どこか引っかかるものを感じた。
「それがな。挨拶もなけりゃ、退会の手続きもしてへんねん。
会則では連絡なしの長期不参加は除名扱いってなっててな、
今回はそれに当てはまってもうたんや」
父の声は、少し残念そうで、でもどこか怒りを押し殺しているようだった。
「忙しかったらしいけどな、黙って抜けて・・
で、また都合ついたら戻りたいって話してきたみたいやねん」
人って、利から外れると、途端に雑になる
私はちょっと驚いた。
自分の都合で勝手に抜けて、また都合がよくなったら戻ってきたいーー
それは、さすがに勝手すぎるんじゃないかと思った。
「それって、ちょっとズルくない?」
そう言うと、父はぽつりとつぶやいた。
「人って、利から外れると、途端に雑になるもんやなあ」
仲間だから気持ちようありたい
私は、ふと口にした。
「お父さん、もしそれが社員や協力会社の人やったら、たぶん『しゃあない』って言うんちゃう?」
「でも、自分の仲間には『筋は通せ』って思うんやね?」
父は苦笑しながら、こう返してきた。
「そらそうや。仲間やからこそ、気持ちようありたいんや」
父は昔ながらの人づきあいを大切にする人だ。
形式にはうといけれど、感覚的に「筋を通す」ことには人一倍こだわる。
誰かの結婚式やお葬式には必ず顔を出すし、困っている知り合いにはすぐに声をかける。
でも、だからこそ思う。
それだけ『人との関係』を大事にしている父でも、
相手が「去り方」を間違えると、こんなふうに傷つくのだ。
「信頼って、去り際にこそ出るんやな」
そう言った父の声が、なんだか少し寂しそうで、
私はスマホ越しに、静かにうなずいた。
今回の気づき
父は、昭和のやり方しか知らないように見えて、
実は誰よりも『人との関係』に心を砕いている。
でも、そんな父でさえも、無言の離脱には心を痛める。
信頼は築くよりも、失うのは一瞬。
特に「辞める」「離れる」「抜ける」場面こそ、
本当にその人がどういう人なのかが見えるのかもしれない。
この物語はフィクションですが、実際の経営現場でよくある話をもとにしています。